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野口あや子第二歌集『夏にふれる』批評会

野口あや子第二歌集『夏にふれる』批評会 10月5日(土)

パネリスト、今井恵子、穂村弘、平岡直子、藪内亮輔
司会、田中槐

に、行ってきました。今回レジュメ係りになったので、コピーの束抱えて
雨の中早めにたどりつく、というところで力尽きたーと思ったけれども、
始まるとやっぱり面白くてふむふむと思いました。

*個人的主観による勝手な感想個人的覚書メモです。発言を私が間違えて
認識しているかもしれません。記録ではありません。

最初は今井さんから。
「ひらく」歌について、など。自分がひらきつづけていくことをガード
しなくては。境界線がなくなる恐怖とか。自分の中に人に言われている自分
をとりこんでいる感じ。感情よりは感覚の歌がよい。強い自我のある若い女性、
というのが野口さんを特徴づけて印象強くしている。

次は穂村さん。
わりと丁寧に資料にあげた歌を読みそれにそって。野口さんの短歌の文体の
強さがすごいから、無茶をしても倒れない、という指摘が印象的。最初から
歌人になるなと思ったとか。呪いとか祈り。短歌が武器になっている。それは
すごくわかる。私も野口さんのこの歌集を読んで、すごく、いつも、歌人
なんだなあこの作者は、と思った。大変そう、と勝手に思ったけど、でも
上手くて強いんだなあ。
なんかいろいろまたキャッチーな発言がさすが上手い穂村さん。

次は平岡さん。
野口あや子を演じる作者野口あや子。どんどん脱いでるのにその裸身が衣装
として分厚くある、という指摘面白い。とても納得。この歌集の女性性とか
演じて見せてくる感じとかへの、痛々しさが複雑です。

次は藪内さん。
本日はキレがない、と司会からつっこまれていましたが。824首という
歌数の膨大さとか、それが夏というぼやぼやしたもの全体なのか、とか。
野口あや子、というぼやぼやと全体なのか。身体性の広がりなんかの指摘は
とても納得。

休憩挟んで後半、女性性、のこと。それを演じて見せていて、それを演じて
見せなくては、となっているのまでもが見えてきて、それは辛そうでもあって。
でももっとしたたかでもあるようで。
穂村さん発言。女性の第一歌集ってヌードをつけるようなのがあって、
少し前、裸足で歌う若い女性歌手みたいなのが流行ったけど、そうやって
全てを捧げるような人がいるけど、野口さんのは一見そうであるかのように見えて、
でも一線残しているかなという感じ。普通の短歌的に上手いのはわかるけど、
演技も必要なんじゃ、そして演じて見せてるようなのが残るんじゃないか、と。
藪内さんの。女性性って、性がふたつもきて言葉としてなんかイヤ、といったの
いいなー。少女極道って感じがする、と。女性というよりは少女極道なのね。
それ野口さんすごく成功してるんじゃないかなあ。

会場からもいろいろ。
黒瀬さん、女性性という言葉は難しいですね。女性性というよりは、「野口性」。
一瞬一瞬が積み重なってのこの800首あまり。過渡期なんでしょうね、といった
のが暖かく見守ってゆく感じで素敵です。

連作という点ではどうですか、との問いかけに。
パネリストのみなさん、あまり連作って感じがしないということでした。
私も思うに、この歌集一冊がまとめて連作といえばいえるかのような。大学時代
青春時代みたいなその期間限定感。その毎日。その積み重ねの一冊全体かなあ。
中では、拒食症テーマのが、連作としてよい、との評価。藪内さんが丁寧に
解説されてて納得。

とにかく歌数が多くて読むの大変、でもあり。読むのはさくさく読めるけど、
読み込んでいくと、いっぱいあるからどういう風にも切りとれる感じ。
たくさんの人の読みを聞いて、なるほどーと思い。女性性とか演じてる感じとか
は共通してありったけれども。どう読むか、は、当たり前ながら人それぞれに
好きなようにとれるのですよね。

私も読んで、最初、こんなにも若い女性の生き辛さみたいなのがあるのは
しんどいなあ、と思ったし、演技過剰なのかなあ、と思ったりもした。
でもほんと、「歌人野口あや子」なんだなあととても納得した。
過渡期なんでしょうね、と言うのに納得。まさにこの時期のその毎日「野口
あや子」というしるしの一冊なのかなと。
そして当然ながらそんなにも莫大に積み重ねていける上手さ凄い。「歌人」
なんですねえ。

批評会参加できてよかったです。パネリストからも会場からも濃厚にお話を
きけた気がする。面白かったです。


私がこの歌集の中でいいなと思った歌いくつか。

  かあさんは食べさせたがるかあさんは(私に砂を)食べさせたがる
 
  煙草いい? ジッポを出して聞かれたりいいよと答える前に火が付く

  「白梅」という件名のメールにも傷付く余地は確かにあって

  会う前に傷付くきみと会ったあと傷付くわれをよけぬ五月雨

  寒そう、ときせかけられたセーターのきみの寒さを着せかけられた
 
  ゆるせない、とおもうまで許していたのだなジッポの点け方まで覚えてて

  ひかり、ってつぶやくときのひかりとはそのときどきにわずかにちがう

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