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「帰ってきた寺山修司」 世田谷文学館

「帰ってきた寺山修司」 世田谷文学館
 
行ってきました。
「百年たったら帰っておいで 百年たてばその意味わかる」
って、「百年の孤独」なのかな。まだ百年はたってないよね。
没後30年です。

私は寺山修司は名前くらいは知っているものの、短歌の本持ってる
ものの、実はちゃんと読んだことがありません。イメージは演劇の
人。天上桟敷の名前は知っている。なんかわけのわからない映画も
少し見たことある気がする。カリスマっぽいのも知ってる。でも、
本当に何も知りませんでした。
 
展示は、年譜から始まって、俳句、短歌、詩、演劇、手紙、という
くくりでした。

各国のホテルで集めたという(勝手に持って帰っちゃったのかなあ?)
「DON'T DISTURB」<私を起こさないでください>のカードのコレクション
があった。デザインいろいろで面白い。これを棺に入れて欲しいとの
ことだったみたい。でもこうして展示されてるわけで、棺に入れなくて
よかったのかー、とつっこみたい(笑)

中学生の頃から文芸部で文芸誌作ってるとか、学級新聞に後記みたい
なのを書いているとか。俳句、短歌、詩はそういう学内のものから、
蛍雪時代に投稿してたりでした。そして褒められてるのね。
早くから大人の句会にまざったりもしていたと。
高校生俳句会みたいなのを設立して、全国に仲間を募って「牧羊神」
という雑誌つくったりしてる。高校生なのにー。すごいー。

短歌研究新人賞でデビューは18歳。大学に入りたて上京したての時。
中井英夫が見出した!というわけですね。
そしてネフローゼという病気にかかる。お金もなく一時はかなり危なか
ったようだ。そんな中、『われに五月を』刊行。中井英夫が尽力した
らしい。

やがて短詩型から離れ、ラジオドラマを書き、脚本を書き、歌の作詞
をし、演劇へ。
ラジオドラマ書くように誘ったのは谷川俊太郎なのだって。へー。
結婚披露宴の発起人に石原慎太郎の名前があった。へー。石原さんは
そうだ文学者だったのだった。
 
高校時代俳句に熱中したのは、級友である京武久美(きょうぶひさよし)
との出会いであった、そうだ。一緒にやろう、って仲間集めたり、編集
やったり。
子規さんを連想した。
なんかこう、思いついたこと面白いことみんなでやろうよ!って巻き込
んで実行してゆくパワーがあるんだなあ。自分のことだけじゃなくて、
見込んだ仲間の面倒もみようとする。才能があるんだからがんばれ、
みたいに励ましたりハッパかけたり。

天上桟敷の美術は横尾忠則だし、「毛皮のマリー」衣装がコシノ・
ジュンコだったりしてるわ。凄いわ。なんなんだろうその混沌とパワー。
入場料が500円とか600円だ。昭和42年くらい?
物価ってそんな感じなのねえ。

そして、沢山の手紙!葉書!これが素晴らしかった。
中野トクさんという恩師への手紙たち。母に甘えられない分、この人
にめいっぱい甘えたのね、という感じ。中学教師で、寺山の友人を
通じての知り合い、ということで、ほんとは直接なつながりはないのに、
寺山のこと大事にしたのねえ。凄い。

入院中だとかにしきりに手紙だして、お金少しでもいいからくれとか、
本買いたいとか、セーターが欲しい、上品な上等なやつ!絶対!とか、
そのおねだりっぷりが凄い。母親にだってこんなには言わないんじゃ
ないのー? と思うほど。
でも、イラストつきだったり、文字の感じとか口調とか、なんかもう
何もかも素敵で可愛くて、これは参っちゃうなあと思った。
二十歳そこそこな、才能見込んだ青年に、こんなおねだりされちゃう
となー。クソガキ!と思いつつも可愛くて仕方ないだろう。
欲しいセーターの色とか絵入りで説明して「靴下もいいが、何よりも
セーターがいい。絶対です」とか書いてるの。もーー。
下線ひいたり、文字太くなるようにぎゅぎゅっとなぞって書いたり
強調したい品物は字の大きさも大きく書いてたり。字もね、角ばった
丁寧な、でも癖のある感じで好きな字だったな。葉書の文面そのまま
デザインになってるよーで、とても可愛くて素敵だった。

その中に岡井隆や塚本の名前も。やっぱ比べて気にしていたのか。
昭和32年、1月の手紙。

 「僕の本どうです?感想きかして下さい。それから「短歌」の新年号
 の僕はどうですか?塚本邦雄や岡井隆とくらべてどうですか?
 僕、元気です」

ってさー。「短歌」で一緒に載ったのね。褒めて、っていってるみたい。
塚本より岡井よりすごくいい、って言ってほしいみたい。トクさんには
ほんと甘えたんだなあ。
 
短歌研究での新人賞受賞は1954年。その前年に茂吉、釈迢空が亡く
なって、沈みかけた短歌界に10代の新星!という感じのデビューだった
みたい。かっこいー。
中井英夫にも、イラストつきだったりの可愛い手紙を出している。

中井英夫からも葉書が。
彼の字はほっそりしてて、あー神経質なのかなーと思わせる。
 
 「塚本が九月号はやはり“真夏の死”が最高だと言つてきました。僕は
 さうは思はないけれどね。とにかく今はあまり気を多くしないでタンカ
 もすこしチミツに作つてほしい。 又行くよ」

とゆー。「又行くよ」がもうたまらん。もえる。きゃああ。

寺山からの手紙ももえるしかない。
昭和30年、6月3日消印。

 「兄貴はとうとう手紙をくれなかった。
 退院のばして、待ったのに。
 
 ナルシスの水ぶくれ。こっけいだな。かなしいな。
 
 逢いたい。                 」
 
って。なにそれ!「逢いたい」ってその字使うのね!兄貴!ええーっ。
よくわからないけどこの甘ったれはー。ラブレターでしょー。

 「兄貴(と呼んでもいやな顔をしたまふな)」

ってあったりもして、嫌な顔されたことがあるのかしらかしら、と、
ワタクシいろいろ妄想がとまりません。

昭和30年4月15日消印。

 「僕、元気です。安心ください。そして期待して下さっても結構です。
 
 お 手 紙 ぐ ら い は 下 さ い 。 寺山修司 」

って、なにその上から目線!「期待して下さっても結構です」だとぉ!
お手紙ぐらいは下さい、は、字、大きく書いてた。かまってくん!きゃー。
中井さんお手紙出してあげて~。行ってあげて~。きゃ~。

昭和32年6月10日消印。

 「「短歌研究」で吉本隆明氏と岡井隆氏の論争をやっていますが、
 あれはつまんないみたいに思われました。岡井さんの言い方も吉本氏
 の応酬も―とくに岡井さんは吉本さんの言い方を誤解してるみたいに
 思われる」

なんてのもあったり。へー。
吉本隆明と論争があったのは知ってますが(内容は私は読んだことない)
寺山はそういう風に読んでいたのね。
手紙面白い。手紙最高。
夢中で読んでしまって、メモとっているうちにもうぐったりしてしまった。
気付けば二時間以上。ふはー。

同年代の友人、俳句仲間への手紙は、初対面みたいな相手だったりして
口調も丁寧語だったりする。でも、一緒にやろうぜ!という情熱、仲間
同志頑張ろう!と大事にしている感じがたいへん素敵。
メールもツイッターもないもんね。葉書のやりとりの親しさが微笑ましい。
そしてやっぱり面白い。

終わりのほうの、ニュースレターというのは、近況報告みたいなの
だったりするのか。
昭和56年57年頃。亡くなるちょっと前ですね。
文学作品の中の猫のベストテン、が書いてあった。
 
 (1)マザーグースの猫 (2)泉鏡花の黒猫 (3)ハインラインの
 「夏への扉」の猫 (4)エドワード・リアの猫 (5)ルイス・
 キャロルのチュシア猫 (6)日本霊異記の猫 (7)ポーの黒猫
 (8)大島弓子の「綿の国星」のチビ猫 (9)ボードレールの猫
 (10)落語の「猫の災難」の猫 (11)コクトーの「ムッシュメ
 の猫」 (12)ユイスマンの「彼方」の猫 (13)鍋島怪猫伝
 (14)クイーンの「九尾の猫」

って、ベスト14になってますけど!へー。「綿の国星」好きだったのか。

下では、「田園に死す」の短歌が垂れ幕みたいになっていくつも吊るして
ある部屋が。寺山の朗読が流れている。く、暗い。。。まあ。そういう
もんですね。黒地に白文字の短歌の森で照明も暗めで、ちょっと舞台装置
風な気分があって浸れました。
 
常設?コレクション展というのもあって、「世田谷の詩歌と山本健吉」
というものでした。ほー。評論家、歳時記編纂したりした人なのね。
紅緑に宛てた子規の手紙があってときめく。

からくり絵本(?)は飾ってあるだけ。動かして見せてくれるのは何か
企画があるときなのかなあ。また見てみたいな。
天野慶さんの今時な感じの短歌であそぼーみたいなコーナーもあって、
ワークショップみたいなのもあるみたいで。あー、このへん知ってる
知ってる、というのを見たのも面白かった。

寺山修司展ねえ。
まあ、一応行っとくか。くらいのふらっとした気分で行ってみたのだけど、
行ってみて本当によかった。
若き日の寺山は、甘ったれ美少年か!そのへんのこと知らなかった知って
よかった。あの強烈な演劇のイメージ以前の彼のことがもっと知りたい。
楽しい。ものっすごい今更ながら、寺山修司にはまるかもしれない。 

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