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『アウトロー』上下(リー・チャイルド/講談社文庫)

*小説と映画化の具体的内容、結末まで触れています。


『アウトロー』上下(リー・チャイルド/講談社文庫)
 
ライフル狙撃での無差別殺人事件。6発の銃弾。死亡5人。
しかし容疑者はすぐに特定された。元軍人のジェイムズ・バー。
陸軍狙撃兵だった。
だが、彼は人違いだ、とだけ喋った。ジャック・リーチャーを呼んでくれ。
それだけが彼が喋ったことだった。
 
映画「アウトロー」の原作。ジャック・リーチャーシリーズの9作目。
2005年の作品。何故そこから映画化なのかはともかく、映画を見て
面白かったので本を読んで、やっぱりすごく面白かった!

アクションものというよりは、推理ものっぽいなあと。リーチャーは
名探偵のよう。決してバーを助けるために来たのではないけど、事件の
真相を徐々に解き明かしていく。
映画のときも思ったけど、サンディが殺されてしまったことが何より
リーチャーを動かしたのね。

映画を見ているので、あらすじはわかっているんだけれど、それでも
終盤はすごくドキドキした。え?え? 映画どおりになってるの?なって
ないの? と、緊迫感。凄い。

登場人物も映画よりは多くて、そんなこんながいろいろあるのね、と納得。
映画だとずいぶんすっきりさせたんだなあ。映画だと味方ははヘレンだけ、
射撃場のおやじ、キャッシュのみでつっこんでいってたけど、小説だと
もっと周到に手をうってる。スマートでかっこいい~~。

そして映画だと、かなりコメディというか、笑える感じに仕上げてるところ
いっぱいだったなあ、と、改めてにやにや。
小説でもユーモアあるけどね。セクシーもあるけどね。
この小説からいろいろばっさりやったりアクションシーン追加したり、練り直
して映画的見せ場とか華やかさとか作り上げてるんだなあと感心。
リーチャーとトム・クルーズは外見的には全然似てないけれども、でも
トムの映画として、でも原作の魅力も持たせながら上手く映画にしたんだなあ。
シリーズになるならなるで、また次映画があればぜひ見たい。

映画だと、バーは死んだことになったんだっけ。。。
小説だとバーは生きてるっぽいなあ。リーチャーも対面してるし。小説の方が
優しいのかもしれない。細やかに丁寧な分。そして去ってゆくリーチャーが
すっと消えてゆく。クールでかっこい~。面白かった。満足。

シリーズは17作もあるそうで。でも翻訳は3つくらい? この本も映画に
なったから訳されたみたい。(2013年1刷)
まあ17作全部はたぶん飽きる、気がする、けど、もうちょっとあっても
いいんじゃないのかー。映画のシリーズが続けば翻訳あるのかな。他のも
ぼちぼち読もうかなと思う。

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『のめりこませる技術』だれが物語を操るのか(フランク・ローズ/フィルムアート社)

『のめりこませる技術』だれが物語を操るのか(フランク・ローズ/フィルムアート社)
 
 結局“物語”とは何だろう?
 “物語”という行為は“話者”と“聞き手”という共生関係によって成立する。

というプロローグで始まる。しかし今、「物語」が変化してきている、という
レポート的な?一冊。みんな物語が大好きだ。でも、マスメディアが一方的に
送る物語はかつての力を失い、参加型、それぞれが語り拡散するもっと刺激的
なものが求められている、と、いう感じかなー。いうまでもなくインターネット。
主にアメリカのメディアミックス的な試み実験実践のあれこれの紹介。
とりあげられている映画やテレビドラマやゲーム、映画は知ってるのもあるけど
あとはなんとなく知っているかな、って程度だったけれど、ものすごく面白く
読めた。
広告、マーケティング。これまでそんなにいろんなことがやられてきているのね、
と、知らなかったこといっぱい。
「ダークナイト」の公開前、ジョーカーの手下になる謎のメッセージを見つけて
いくと、特別先行フィルムが見られるのとかすごい面白かっただろうなー。
携帯が隠されたケーキ!その過程そのものが映画みたい!
 
 プロローグ 第1章:字が読めない語り部 第2章:フィクションの罪
 第3章:物語の奥へ 第4章:誰が物語を操るのか 第5章:分岐する世界
 第6章:無限に開いた世界 第7章:集団意識と謎の小箱 
 第8章:ゲーム化するテレビ 第9章:つながる世界 
 第10章:You Tube ブランド 第11章:片腕の盗賊 第12章:感情エンジン
 第13章:崩壊しない世界の創り方
 
作品の一方的な送りつけだけじゃなく、ゲームとして視聴者を参加させ巻き込み
中毒性を高め引きずり込んでのめりこませる。
こわいわー。
でもコアなファンはとりこめても、私みたいに、ゲームに参加するのもメンドクサイ
という人もいるんじゃないのかなー。でも大衆に向けて、より、ホントにお客さん
になるコアなファンを作り出すほうがいいのか。
確かに、私だってそれが本当に面白そう、で、今よりもっと気軽に参加できれば
のめりこみたい。はまりたい。中毒になりたい。
誰もがオタクな要素はもっている。すでに多くの人はプチオタクな趣味の一つや
二つもっているだろーし。

「オタク」の成立あたりもさらっと紹介されていて、メディアミックスに向けて
「オタク」って常識になってるのかなあ。凄いぞ未来に生きる日本w オタクw

ツイッターの手軽さ。視聴者はただ受動的に「視聴」するだけじゃなくて、
熱中した好きな番組登場人物の物語を能動的に「持ち逃げ」することもできるのだ。
って、これはなりすましが好意的に受け取られているのか。今いろんなキャラの
いろんなbotがいるもんね。ホントにbotで自動的にセリフツイートするだけのも
中の人がいて適宜ツイートするのも。ちゃんと気の利いた中の人のいるbotは面白い。
参加する視聴者にもセンスが求められるなあと思う。
 
リンク。つながる世界。ハイパーテキストとか。
その辺は私は結構めんどくさくて、あんまりリンクをたどりまくったり、自分から
リンクはったりはしない。でもちゃんと上手くリンクつなげてみせてくれる
キュレーションな人って面白い。『キュレーションの時代』なんかを連想。でも、
最大のリンクというか、情報示すのはグーグル。うーんづくづくグーグルすげー。
You Tubeもすげー。どんどんリンクたどってみてしまう時間泥棒だよね。。。
 
それから、ゲーム脳。ゲーム脳(笑)って思っちゃうけど、それじゃなくて、
ゲームをやるときのドーパミンの出方の研究とかあるのね。
ドーパミンがもっとも多く出るのは、学習や、報酬への期待なんだそうだ。
実際に報酬を手にしたときよりも。期待しているときのほう。
文化祭の前日が一番楽しい、って感じ? と思ってみたり。
ゲームをクリアすることそのものよりも、探っている過程が楽しい、のね。
納得。

これからのゲーム開発は、ゲームのキャラクターにもっと感情を持たせること、
らしい。でもその辺も、どうなのかなあ。不気味の谷みたいなのが出たりしない
のかなあ。それ乗り越えるくらいリアルな感情表現出すようになるのかなあ。
動物が可愛いとかならいいけど、人物があんまりリアルだと私はなんか嫌な
気がする。んー。
でも私はそもそも、ゲームを全然しないできない知らないので。なんかゲーム
をやってのめりこんでみたい気分。
私、いまだにドン・キホーテで、読書だけでリアルにのめりこんでしまうからなあ。
なかなかゲームに手が出ない。
それに最近のゲームはなんか通信とか、難しそうだし。トモダチいないとダメなの?
って感じがしてハードル高いし。一人でもできるんかなー。なんかやってみたい
けど、何ができるのか面白いのか全然分からん。。。でもゲームにのめりこむとか
楽しそうで羨ましいなーと思う。。。

ディズニーランド、「地上で一番ハッピーな場所」。その理想。その、理想が
現実を多い尽くす世界。
私、ディズニーってむかーーーし一回しか行ったことなくて、そのよさを理解
してないんだけど。でもなんか、こういうの読むたび、いいなーと羨ましく
思う気はする。その一番ハッピーな場所でハッピーに楽しめる人が。
 
ディックのつくった荒廃と混沌の世界か、理想のハッピーのディズニーの世界か。
現実が、どっちかになりきってしまわないことを祈る。

取り上げられている作品、「スター・ウォーズ」とか「ロスト」とか、
わかるし面白いし、アメリカじゃそんないろんな参加型広告やってるのかあ、と
知らないことが面白かった。「物語」が変わりつつある今、という感じ、凄く
面白く読めた。宣伝作る人、これからどうやっていくか、大変だろーなー。
でもいろーんなことがやれるってことで。面白い宣伝に私は巻き込まれたいし、
面白い広告にどんどん踊らされたい。消費したいよー。消費したいもの見せてー。

「欲しいものが欲しいわ」というコピーの凄さをますます思い知るわ。

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『キャパ その青春』『キャパ その戦い』『キャパ その死』 (リチャード・ウィーラン/文春文庫)

『キャパ その青春』(リチャード・ウィーラン/文春文庫)
『キャパ その戦い』(リチャード・ウィーラン/文春文庫)
『キャパ その死』 (リチャード・ウィーラン/文春文庫)

もともとは一冊の本だったようで。この文庫が2004年刊行、
単行本はその15年も前に出た、そうです。もともとのアメリカ
での本は1985年刊行みたい。
訳は沢木耕太郎。翻訳はこれが初めてってことらしい。アマチュアの
翻訳家、として書いたんですね。
後ろに、長めの「原注、訳注、雑記」がついている。文庫化にあたり
間違いの訂正したりいろいろしたようです。
が。
それでも私にはすごく読みづらくて、読むのにすごーく時間がかかった。
期待ほど面白くもなかった。。。特に一冊目は、まだ青少年つーくらい
の、キャパになる前のアンドレ、バンディくんのことで、何者でもない
一人の若者が焦ったり貧しかったり、という感じ。

著者がそもそも学究的な人物なようで、伝記を書くにあたって、
丁寧な取材、事実の検証を積み重ねて正確さを重んじて書く、という感じ
みたい。だからたぶん原文からして面白みとか情感的なことは排除して
書かれているんだろうなあと思う。
さらにその翻訳だもんね。
すんなり読めなかった私の頭が悪いせいばかりでもない読みづらさなのだ、
と、思いたいところ。
沢山出てくる人の名前覚えられないし、何月何日にどの部隊について
いったか、どこへ、とか、細々した記述をわたしは覚える気もないし
そういう細かいことはいい、と、気にしない適当人間なもので。。。

キャパの移動もすさまじくて、あちこちあちこち、どこがどうなのか
地名と地理が頭に見えない私には無理だった。な、なんかともかく
ヨーロッパのあちこちとか、戦闘がありそうなところへガンガン行って
いたんだなあとぼんやり思う。

著者は話を面白くするために盛る、とかいうことはしない。事実を
確かめようがない、人物の気持ち的なことは全然書こうとしていない。
物語的にドラマチックに、を求めてしまう私にはどうにもつまらない。
でも伝記としてはそういうものなのかなーと思う。

この、スペインでの内戦だとか、ヨーロッパが戦争している、という
社会状況みたいなことをキャパの動きにつれて書かれているの面白かった。
なんかもー。戦争になるって、たいへん。いやもちろん大変なのはわかって
いるつもりだけど、でも、なんかもう、たいへんだよね。こわいし。不自由。

あ、『ちょとピンぼけ』の翻訳にもいろいろ間違いがあるそうです。
あららそうなのね。なんか不思議な文体で面白かったけど、でも、翻訳って
大変だねえと思う。あの本はたぶんもともとのキャパの文章の面白い魅力が
たぶん不完全ながらもわかる気がした。こっちの本は、たぶん著者の生真面目
文章なのね、というのが、わかる気がした。翻訳って、翻訳ってー。

『ちょっとピンぼけ』で読んでいた以降の、マグナムを設立して
ビジネスマンとして優秀に活躍したキャパとか、それにもかかわらず
すぐ退屈して、ギャンブルばっかりやって、収入を得ても片っ端から
使ってしまう綱渡りなキャパの生き方とか、面白かった。
イングリット・バーグマンと、そんな素晴らしい恋人と、それでもやっぱり
結婚なんて考えられないというのも。
戦場はもうこりごり、になりながら、カメラマンなんていつまでも
やるもんじゃない、って感じながら、やっぱり戦場へ行く仕事を受けるのね。

定住や家庭とは無縁に、荷物は洋服とカメラ程度のホテル暮らしの人生。
あらゆる場所で友人をつくり飲みあかしギャンブルをし、人生を楽しみ、
戦争の死も苦しみも誰よりも深く見続けて。40歳で地雷で死亡。
もしももっと長く生きれば、結婚や家庭という居場所を作ったかもしれない。
でも、40歳。若いよなあ。
若くして成功し若くして恐ろしく経験をつみ、30代で人生に倦んでいた。
もう少し生きることがあれば、違う道っていうのがあったろう。

それでも、あの時代あの戦争の中でしか生きられない人生だったのか。
神様はたまにその時代その場所でしか生きられない人間をつくる気がする、
そういう人だったのかなあ、キャパ。
「ロバート・キャパ」というのは若い自分たちを売り込むためにゲルダと
作り上げた架空の人物。そして、ついにその架空の存在に「なった」時、
キャパは本当は何を思ったのかなあ。

誰もが親しく楽しく感じ、友達になるキャパの魅力。それはキャパの写真の
中にあり、後から知るには、こういう本を読むとかではだめなのかもしれない
と思う。もちろん、いろんなことを知ることができて読んだのはよかったと
思うけど。
キャパの写真展見に行った時の方が感動はあった。
 
沢木耕太郎は今『キャパの十字架』という本出してて。たぶん先日NHKスペシャル
で見た、「崩れ落ちる兵士」の写真に関してとかまあ、この本訳して、その後も
いろいろ考えたことの本なのだろうと思うんだけど。
でも、キャパにはキャパが残した写真がある。
それでいいのかもしれない。

キャパそのものじゃなくて、キャパをモデルにしたドラマチック物語を
読みたいと思うわ。

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「帰ってきた寺山修司」 世田谷文学館

「帰ってきた寺山修司」 世田谷文学館
 
行ってきました。
「百年たったら帰っておいで 百年たてばその意味わかる」
って、「百年の孤独」なのかな。まだ百年はたってないよね。
没後30年です。

私は寺山修司は名前くらいは知っているものの、短歌の本持ってる
ものの、実はちゃんと読んだことがありません。イメージは演劇の
人。天上桟敷の名前は知っている。なんかわけのわからない映画も
少し見たことある気がする。カリスマっぽいのも知ってる。でも、
本当に何も知りませんでした。
 
展示は、年譜から始まって、俳句、短歌、詩、演劇、手紙、という
くくりでした。

各国のホテルで集めたという(勝手に持って帰っちゃったのかなあ?)
「DON'T DISTURB」<私を起こさないでください>のカードのコレクション
があった。デザインいろいろで面白い。これを棺に入れて欲しいとの
ことだったみたい。でもこうして展示されてるわけで、棺に入れなくて
よかったのかー、とつっこみたい(笑)

中学生の頃から文芸部で文芸誌作ってるとか、学級新聞に後記みたい
なのを書いているとか。俳句、短歌、詩はそういう学内のものから、
蛍雪時代に投稿してたりでした。そして褒められてるのね。
早くから大人の句会にまざったりもしていたと。
高校生俳句会みたいなのを設立して、全国に仲間を募って「牧羊神」
という雑誌つくったりしてる。高校生なのにー。すごいー。

短歌研究新人賞でデビューは18歳。大学に入りたて上京したての時。
中井英夫が見出した!というわけですね。
そしてネフローゼという病気にかかる。お金もなく一時はかなり危なか
ったようだ。そんな中、『われに五月を』刊行。中井英夫が尽力した
らしい。

やがて短詩型から離れ、ラジオドラマを書き、脚本を書き、歌の作詞
をし、演劇へ。
ラジオドラマ書くように誘ったのは谷川俊太郎なのだって。へー。
結婚披露宴の発起人に石原慎太郎の名前があった。へー。石原さんは
そうだ文学者だったのだった。
 
高校時代俳句に熱中したのは、級友である京武久美(きょうぶひさよし)
との出会いであった、そうだ。一緒にやろう、って仲間集めたり、編集
やったり。
子規さんを連想した。
なんかこう、思いついたこと面白いことみんなでやろうよ!って巻き込
んで実行してゆくパワーがあるんだなあ。自分のことだけじゃなくて、
見込んだ仲間の面倒もみようとする。才能があるんだからがんばれ、
みたいに励ましたりハッパかけたり。

天上桟敷の美術は横尾忠則だし、「毛皮のマリー」衣装がコシノ・
ジュンコだったりしてるわ。凄いわ。なんなんだろうその混沌とパワー。
入場料が500円とか600円だ。昭和42年くらい?
物価ってそんな感じなのねえ。

そして、沢山の手紙!葉書!これが素晴らしかった。
中野トクさんという恩師への手紙たち。母に甘えられない分、この人
にめいっぱい甘えたのね、という感じ。中学教師で、寺山の友人を
通じての知り合い、ということで、ほんとは直接なつながりはないのに、
寺山のこと大事にしたのねえ。凄い。

入院中だとかにしきりに手紙だして、お金少しでもいいからくれとか、
本買いたいとか、セーターが欲しい、上品な上等なやつ!絶対!とか、
そのおねだりっぷりが凄い。母親にだってこんなには言わないんじゃ
ないのー? と思うほど。
でも、イラストつきだったり、文字の感じとか口調とか、なんかもう
何もかも素敵で可愛くて、これは参っちゃうなあと思った。
二十歳そこそこな、才能見込んだ青年に、こんなおねだりされちゃう
となー。クソガキ!と思いつつも可愛くて仕方ないだろう。
欲しいセーターの色とか絵入りで説明して「靴下もいいが、何よりも
セーターがいい。絶対です」とか書いてるの。もーー。
下線ひいたり、文字太くなるようにぎゅぎゅっとなぞって書いたり
強調したい品物は字の大きさも大きく書いてたり。字もね、角ばった
丁寧な、でも癖のある感じで好きな字だったな。葉書の文面そのまま
デザインになってるよーで、とても可愛くて素敵だった。

その中に岡井隆や塚本の名前も。やっぱ比べて気にしていたのか。
昭和32年、1月の手紙。

 「僕の本どうです?感想きかして下さい。それから「短歌」の新年号
 の僕はどうですか?塚本邦雄や岡井隆とくらべてどうですか?
 僕、元気です」

ってさー。「短歌」で一緒に載ったのね。褒めて、っていってるみたい。
塚本より岡井よりすごくいい、って言ってほしいみたい。トクさんには
ほんと甘えたんだなあ。
 
短歌研究での新人賞受賞は1954年。その前年に茂吉、釈迢空が亡く
なって、沈みかけた短歌界に10代の新星!という感じのデビューだった
みたい。かっこいー。
中井英夫にも、イラストつきだったりの可愛い手紙を出している。

中井英夫からも葉書が。
彼の字はほっそりしてて、あー神経質なのかなーと思わせる。
 
 「塚本が九月号はやはり“真夏の死”が最高だと言つてきました。僕は
 さうは思はないけれどね。とにかく今はあまり気を多くしないでタンカ
 もすこしチミツに作つてほしい。 又行くよ」

とゆー。「又行くよ」がもうたまらん。もえる。きゃああ。

寺山からの手紙ももえるしかない。
昭和30年、6月3日消印。

 「兄貴はとうとう手紙をくれなかった。
 退院のばして、待ったのに。
 
 ナルシスの水ぶくれ。こっけいだな。かなしいな。
 
 逢いたい。                 」
 
って。なにそれ!「逢いたい」ってその字使うのね!兄貴!ええーっ。
よくわからないけどこの甘ったれはー。ラブレターでしょー。

 「兄貴(と呼んでもいやな顔をしたまふな)」

ってあったりもして、嫌な顔されたことがあるのかしらかしら、と、
ワタクシいろいろ妄想がとまりません。

昭和30年4月15日消印。

 「僕、元気です。安心ください。そして期待して下さっても結構です。
 
 お 手 紙 ぐ ら い は 下 さ い 。 寺山修司 」

って、なにその上から目線!「期待して下さっても結構です」だとぉ!
お手紙ぐらいは下さい、は、字、大きく書いてた。かまってくん!きゃー。
中井さんお手紙出してあげて~。行ってあげて~。きゃ~。

昭和32年6月10日消印。

 「「短歌研究」で吉本隆明氏と岡井隆氏の論争をやっていますが、
 あれはつまんないみたいに思われました。岡井さんの言い方も吉本氏
 の応酬も―とくに岡井さんは吉本さんの言い方を誤解してるみたいに
 思われる」

なんてのもあったり。へー。
吉本隆明と論争があったのは知ってますが(内容は私は読んだことない)
寺山はそういう風に読んでいたのね。
手紙面白い。手紙最高。
夢中で読んでしまって、メモとっているうちにもうぐったりしてしまった。
気付けば二時間以上。ふはー。

同年代の友人、俳句仲間への手紙は、初対面みたいな相手だったりして
口調も丁寧語だったりする。でも、一緒にやろうぜ!という情熱、仲間
同志頑張ろう!と大事にしている感じがたいへん素敵。
メールもツイッターもないもんね。葉書のやりとりの親しさが微笑ましい。
そしてやっぱり面白い。

終わりのほうの、ニュースレターというのは、近況報告みたいなの
だったりするのか。
昭和56年57年頃。亡くなるちょっと前ですね。
文学作品の中の猫のベストテン、が書いてあった。
 
 (1)マザーグースの猫 (2)泉鏡花の黒猫 (3)ハインラインの
 「夏への扉」の猫 (4)エドワード・リアの猫 (5)ルイス・
 キャロルのチュシア猫 (6)日本霊異記の猫 (7)ポーの黒猫
 (8)大島弓子の「綿の国星」のチビ猫 (9)ボードレールの猫
 (10)落語の「猫の災難」の猫 (11)コクトーの「ムッシュメ
 の猫」 (12)ユイスマンの「彼方」の猫 (13)鍋島怪猫伝
 (14)クイーンの「九尾の猫」

って、ベスト14になってますけど!へー。「綿の国星」好きだったのか。

下では、「田園に死す」の短歌が垂れ幕みたいになっていくつも吊るして
ある部屋が。寺山の朗読が流れている。く、暗い。。。まあ。そういう
もんですね。黒地に白文字の短歌の森で照明も暗めで、ちょっと舞台装置
風な気分があって浸れました。
 
常設?コレクション展というのもあって、「世田谷の詩歌と山本健吉」
というものでした。ほー。評論家、歳時記編纂したりした人なのね。
紅緑に宛てた子規の手紙があってときめく。

からくり絵本(?)は飾ってあるだけ。動かして見せてくれるのは何か
企画があるときなのかなあ。また見てみたいな。
天野慶さんの今時な感じの短歌であそぼーみたいなコーナーもあって、
ワークショップみたいなのもあるみたいで。あー、このへん知ってる
知ってる、というのを見たのも面白かった。

寺山修司展ねえ。
まあ、一応行っとくか。くらいのふらっとした気分で行ってみたのだけど、
行ってみて本当によかった。
若き日の寺山は、甘ったれ美少年か!そのへんのこと知らなかった知って
よかった。あの強烈な演劇のイメージ以前の彼のことがもっと知りたい。
楽しい。ものっすごい今更ながら、寺山修司にはまるかもしれない。 

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内山晶太第一歌集『窓、その他』批評会

内山晶太第一歌集『窓、その他』批評会 2013年3月2日(土)批評会13:00~16:30

これ行ってきたのでした。すべて私の個人的主観的感想日記。正確を期する
ものではありません。 
 
批評会、進行・斉藤齋藤 司会・田中槐 パネリスト:大島史洋、島田幸典、
染野太朗、平岡直子
 
まず島田さんから、だったと思う。
1.言葉の使い方 2.モノのインパクトと心理表現 3.主題
といたレジュメでした。内山さんはレトリシャンだ。比喩の異化作用の
丁寧な読みとか、「を」を使った詩的曖昧さの指摘、言葉使い、選びの
強さなどのお話。

染野さんは、内山さんと同い年だったかな、一つ違いくらいだっけ。
同世代だからわかること、理詰めで読みきってみたいという感じ。
ことば同士の関係の異化作用とか、比喩表現について、あと幼児性、
いつまでもモラトリアムな気分のお話面白かった。まだ思春期かよ、
という突っ込みとかね。
 
平岡さんは、内山さんより年下の妹的立場から、という感じ。でも年下の
平岡さんからみても子どもっぽいかもとか発言があり、まーでも覚める感じ
は女のこの方が、と、私は思ってみたり。
苦味や渋さを華やかさに変える価値観の小さな転倒の指摘はとても丁寧で
面白かった。

大島さんは内山さんよりはだいぶ年上。絶賛ばかりではなく問題点の
指摘をする役割を期待されてのことだったようで。ものすごく感じよくて
上手い歌集だなあと思ったけど、ことばや修辞が狭くて自己模倣に陥って
しまうのではないか。作者像を見せず、レトリックだけに終始して、見えて
こないのが物足りない、といった感じの発言など。
とてもいいと思ったという歌10首と、傷があってもう一歩物足りない、
という歌10首と挙げていた。

正直、内山さんの歌が上手い。いい、というのはもう一致していて、
上手いがゆえに、上手くてつまんない、とか言うことになるんだなあと
思う。
短歌ってわけわかんないよね。下手なのダメなのっていうのはもちろん
ダメなんだけど、うまくなると、上手くやりすぎててダメだ、みたいな
ことになるんだもんなー。
でもそういうのもなんかわかるしなあ。
私も内山さんの歌はものすごくハイレベルに上手くて、でもその上手い
レベルで一定になってて一冊読むと退屈な気がするなーと思う。
でもほんとすごいうまいのはわかるんだよ。でも何故。どうすりゃいいの。
たいへんだよなあ。
 
  たんぽぽの河原を胸にうつしとりしずかなる夜の自室をひらく
 
この歌は全員がレジュメに挙げていた。島田さん、大島さんはいいと
いうわけじゃないけれど、ということであったけれど。それでも内山さん
の歌の特徴的一首ということになるようだ。
「うつしとり」「自室」ということばの微妙にずらした感覚。「しずかなる」
なんて普通なことばを入れて歌の緩急をつけてくるリズム感とか。
なるほどー。
 
それぞれの発表も丁寧によく読みこんでいて説明してくれるの分かり易くて
面白かった。ゆったり時間とれていてよかったな。会場からの発言もいくつか。
奥村晃作さんが「この歌集は完璧!」という感じで断言していたのが素敵。
迫力あるなあ。
 
広い会場だったけれどもたっくさんの人。
歌集に入れなかった初期作品50首の小冊子や、内山さんの魅力的イラスト
をつけたオリジナルチロルチョコ!をもらったりして、私は単なる参加者
だったけれど、この会への、みんなの内山さんへの期待と注目と愛をひしひし
と感じました。
スタッフの皆様お世話になりました。行ってよかったです。
 

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『世界の果てで待っていて』―天使の傷跡、嘘とナイフ(高遠琉加/シャイノベルズ)

*具体的内容に触れています。


『世界の果てで待っていて―天使の傷跡―』(高遠琉加/シャイノベルズ)
 
渋谷。神泉駅近くに小さな事務所を構える黒澤統一郎は探偵。元警察。
櫂谷雪人は刑事。二人は二年前まで同僚だった。今もつきあいは続いている。

黒澤の事務所に、中学生の少年がやってきた。行方不明になった双子の兄を
探して欲しい。
それはちょうど雪人が探していたコンビニ強盗の目撃者らしい。子どもの
依頼を引き受けるつもりはないが、たったひとりのきょうだい、を、探して
欲しいという願いを、無下には出来なかった。
 
現在の事件とともに、二人の過去が少しずつ語られている。
初めて読んだ人だけれども、文章もお話もものすごくよかった。ぞくぞく
くるー。凄い色気あるー。えろいしーんはほとんどないのに、素晴らしい。
そして切なくて苦しい。

現在の事件のほうの双子の少年たちを見つけてどーこーっていうのは
まあそんなもんかな、くらいに思った。なんなの朴訥な余命いくばくもない
天才画家って。まー。それはまあきれいなお話でいいかなーと。
黒澤と雪人がめちゃくちゃよくてすごいハマッた。この味わい大好きだー。

たったひとりの家族、大事な大事な妹が強盗に殺されたという過去。
居合わせた黒澤も左目を怪我して、そして警察をやめた。壊れそうだった
心を二人で壊してまた積み上げるみたいに一度だけのつもりの痛いセックス。
どっちかというと軟派な黒澤も、大理石みたいな雪人も、二人ともストイック
でたまんないわ。
探偵さんと刑事、っていう組み合わせもとてもいい。好き。文章も言葉も台詞
もかっこよかったし抑制効いてて素敵。知らなかったけど読んでみてよかった!
 

『世界の果てで待っていて―嘘とナイフ―』(高遠琉加/シャイノベルズ) 

渋谷署で当直をやっていた櫂谷雪人。補導されてまわってきた少年が身元
引受人として「この人を呼んでくれ」と出した名刺は、黒澤統一郎のものだった。
 
続き、ですね。
現在の事件のお話はまた別の話だけど、シリーズの続き。んが、まだこれ
終わらない、続き!という。。。えええ。妹を殺した犯人として捕まったのは
連続強盗の犯人ではあるけれども、実は妹の事件だけは違う、とか。
真犯人の狙いは。警察内部から狙われたのか、とか。ものすごく気になる謎が
いっぱいなんだけど。
元公安、本庁の鷹取とか、気になる悪そうないいキャラが出てきたりして。

あ、えっと、現在の事件としては、ナイフで殺された少年の犯人として追われ
る三崎双葉くんの無実を掴む、というところ。警察に協力しない黒澤にまで
逮捕状が出そうになり、雪人が苦しむ。
ってことで、やっぱり二人の関係がーーー。もどかしくもあり、ぞくぞくと
色っぽくもあり。やっぱストイックなほうがもえるな。キスシーンしかない
のにめちゃめちゃ色っぽい。いいー。素敵ー。きゃー。

警察組織がどーこーって、ちょっと「相棒」っぽいような感触もあったりして。
そう、テレビドラマ程度にはちゃんとリアリティがある感じ。面白い。
続き、いつ出るのでしょうか。もう2,3巻じっくり描いてもらってきちんと
完結させてほしい。そして、早く~。
 
「天使の傷跡」が2005年で、「嘘とナイフ」が2010年ですね。
しかも新装版って、イラストが茶屋町勝呂さんになって出たみたい。
なんでー。私は最初の雪舟薫さんのイラストがすごくきれいでうまくて
雪人のイメージぴったり~素晴らしい~!と思ったので、イラスト変わった
のはかなり残念。茶屋町さんの絵ももちろん好きだけど。ハードボイルド
っぽい作品の感じにも似合うとは思うけど。でもなー。雪舟さんの線の細い
感じのイラストがすごく好きだったなー。
そして、そんなに間を開けないで続き書いてほしい。早く読ませて。
また5年後とかになるの? やだ。。。せめて年一回出ないかなあ。待ってます。
 
他にもこの人の作品読んでみようと思う。

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映画「ジャンゴ 繋がれざる者」

*具体的内容、結末まで触れています。

映画「ジャンゴ 繋がれざる者」
 
南北戦争の二年前。買われた奴隷が鎖に繋がれ歩いて移動させられている。
そこに、歯科医だという男が現れた。人を探しているという。探していた
のは奴隷のジャンゴ。元歯科医、だった男、ドクター・シュルツは、
ジャンゴを自由の身にして、賞金稼ぎの助けをしてくれと誘った。
 
クエンティン・タランティーノ監督作品。アカデミー賞は脚本賞と助演
男優賞とりましたね。助演男優賞、クリストフ・ワルツは、「イングロ
リアス・バスターズ」でもとってるんだよね。今回もドイツ人。すごく
もったいぶった英語を喋ってる感じ。そしてドイツ語と少しフランス語。
ほんとは何人なの?と思ってみたらウィーン出身だそうだ。彼のお喋り
をいつまでも聞いていたいな~~~と思う。面白い。

えっとー、主演はジャンゴのジェイミー・フォックスか。無口だし前半
はとにかくシュルツにくっついてるだけ、なので、コンビで主演な感じ。
すごーく、コンビでいる感じが素敵でかっこいい。

衣装選んでいいぞ、って言われて、なんでその、オペラで小間使いみたい
な青い服でリボンタイなんだよっ。いろいろちまちまいっぱい笑わせる。
タランティーノ作品だねえ。

ジャンゴは、賞金稼ぎを手伝うけど、愛する妻を救いたい。ひとしきり
稼いだら、シュルツもそれを手伝うということになる。
南部の奴隷制度、というのが、えぐいほどに描かれている。社会批判と
いうようなものじゃなくて、そういうものだった、と、たぶん露悪的に。
実際どうだったか、私はあまり知らないわけだけれど、ぐさっとくるなあ。
でも社会派映画ってな説教臭さはゼロなんだけどね。
ジャンゴは、妻をあきらめて、南部には戻らず自由に生きる道を選ぶ
こともできたけど、でも、戻るんだよね。同じ黒人奴隷を裏切るような
演技までしてでも。
 
悪い大農園の主をレオナルド・ディカプリオ。絵に描いたように悪い奴(笑
傲慢。不遜。激しい気分屋。それでも、さすがディカプリオはおっさんで
悪そうにしててもやっぱどっか美形だよなーと思ってしまう。それが、いか
にも大農場の大事な三代目ぼんぼんなのだ、という感じがはまってると思う。
いい~。
素敵~~。
熱演で、あのー、テーブル叩いたときにグラスが割れて本当に手が切れて
手が真っ赤、になったまま演じ続けているっての、クレイジーでよかった。

んで、スティーブンね。サミュエル・L・ジャクソンなのね。大農園
キャンディ・ランドにずっと使えてきた黒人執事、かな。すっかり老人
だけれども、同じ黒人に対して最低最悪な嫌な老人でさー。憎らしい。
素晴らしく憎らしい。

そしてびっくりする暇もなくガンガンバシバシ殺す。どびゃっと血が出る。
頭吹っ飛ぶ。うあおお。激しい。さすが。そこまでいくのか。そこまで
やるのかー。あああー。
ジャンゴの報復はひたすらぽかんと眺めた。
シュルツが死んでしまった後はすごく寂しいんだけど、そういう感傷を一切
許さない激しさの連続。さすが。
愛する姫を助け出して。ジャンゴ、かっこいい。

映像もさすがかっこよくって。夕日の中のシルエットのコンビとか。
アップになるときのババーン!だとか。音楽はもちろん最高だし、レトロ
テイストなのもベタに決まってる。ステレオタイプなイメージどおりの
感じがするのに、めちゃくちゃ個性的になってる映画。なんでなんだ。
あ、タランティーノも、最後のほうにすぐ派手に死んじゃう役で出てた。
楽しんで映画作ってるなー。
上映時間165分。2時間半超えね。でも全然飽きずにまっしろになって
楽しんだ。かっこよかったあ。

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国立西洋美術館 「ラファエロ」展 

国立西洋美術館 「ラファエロ」展 行ってきました。
 
まず最初に「自画像」がありました。1504-6年製作。ラファエロ、
20代前半の若い青年。ちょっと顎をあげててすましてて可愛い~。

 1.画家への一歩
 2.フィレンツェのラファエロ-レオナルド・ダ・ヴィンチ、
   ミケランジェロとの出会い
 3.ローマのラファエロ-教皇をとりこにした美
 4.ラファエロの継承者たち
 
という流れでした。
ラファエロは20代にはもう立派に仕事をこなしていたのですね。
亡くなったのが37歳。昔といえども夭折な感じで、もったいない。。。

ほとんどは宗教画。いくつかの肖像画。ダ・ヴィンチやミケランジェロの
影響や学びがあった、とのことで。フィレンツェの芸術のきらびやかさは
すげーなーと、つくづく思うのでした。

ラファエロが描く若い男、は、やさしげで中性的。
天使や聖人はもちろんふっくらとやさしく中性的。
なによりあの滑らかでやわらかくきもちよさそうな肌の質感、色合い、
どんなに見つめても、近づける限り近くによって見ても、輪郭がふわー
ととろけて煙るように見える。きれいだなあ。
まぶたが重そうな、憂いを含んだような、という形容するのか、あの目、
大好きです。うっとり。

今回のメインは「大公の聖母」なのでしょう。ほんとうにきれい。
もー私の語彙がなくて申し訳ない。うつくしい。真っ黒な背景から浮き上がる
やさしいやわらか光の中の聖母、という感じ。
でもこの背景の真っ黒は後世に塗られたものらしく、もともとは背景に景色
なんかがあったらしい。という、X線で見てみたうっすらとした背景の写真
パネルもありました。
傷みが出たりしたのを隠して真っ黒にしたのではないか、ということみたい。
へー。
もう初めから黒の中の聖母、と見ているので、黒でもいいなあと思うけど、
最初の色合いや背景とあわさっての全体ってどんな風だったのだろうなあ。
下絵の素描もあり、それだと丸い絵になる構想だったのかも、というのも
面白かった。
 
教皇の部屋の装飾をみっしりと仕上げたらしく、でもそれは多くの人には
見せられないから、というわけでか、版画をつくらせて広めたりしていた
そうです。へー。
その絵がまた細かく細かく細かーくて。
それをまた陶器にうつして、お皿や鉢があった。面白い。
 
「エキゼルの幻視」かっこよかった。
「友人のいる自画像」というのも好きだった。ラファエロ、30代半ばか。
1518-1520年。もう亡くなる直前くらいの製作年。
最初の若い頃とは違ってお髭もある素敵おっさんです。友人の肩に手を置い
ちゃったりして仲良しそうなのがとってもいいです。その友人がまたお目目
おっきくて可愛いぞ、と思ったり。
この友人誰なのか、あまり明確ではなさそうでしたが、一番弟子のジュリオ・
ロマーノかも、という説があるだそうです。いいなー。一番弟子で友人って
いいな~、と、個人的妄想。
 
そのジュリオ・ロマーノの絵もいくつかありました。これもまたほんとーー
にきれい。聖母子、ラファエロのとは違うけれどもこれもまたとっても美人
な母であり、肌きれいでうっとりものでした。

グッズはいろいろあって。コラボの紅茶なんかも美味しそうでした。
でも絵葉書を5枚くらいで我慢しました。かなりよくできた絵葉書だと
思った。エル・グレコの時は、色味が全然だめで、うーんー、まあ仕方ない
ー、と思ったものだけれども。さすが国立ということなのか。
 
まだ始まったばかりだし、朝10時すぎについて、混み具合はほどほどな感じ。
それぞれ絵の前に人はたまっているけれども、少し待てば近づけました。
じっくり堪能、満喫しました。

今日は寒さもゆるんで、快晴で、表の彫像も梅の花ものどかに見えました。
春はいいねえ。
そろそろほんとうにこのまま春になるといいなあ。

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『われらが背きし者』(ジョン・ル・カレ/岩波書店)

*結末まで触れています
 
『われらが背きし者』(ジョン・ル・カレ/岩波書店)
 
ペレグリン・メイピークス。ペリーの名前で知られるアマチュア・アスリート。
オックスフォードの教師でもある。ゲイル・パーキンス。ペリーの恋人。美しく
有能な弁護士である。三十歳を目前にして、人生を考える時、二人で一度きり
の贅沢として旅行をしましょう、とアンティグアでのバカンスに出かけた。
そこで、テニスの相手として知り合ったディマというロシア人。堂々たる富豪
らしさのディマは、ペリーをフェアプレイの紳士と見込んで、ある秘密を打ち
明け、協力を求めてきた。
 
ユアン・マクレガー主演で映画化の話があるみたい。
へー。と思って読んでみた。ル・カレってまだ新刊が出るバリバリ現役作家
なのね。なんとなく勝手にもう新作とか書かないのかと思い込んでいた。
小説家デビューが1961年だそうだから、キャリア長いなあ。

この本もやっぱり読みにくい、というか。読みにくさには慣れた気がする。
以前ほど戸惑ったり困ったりはしない。翻訳が今まで読んだことある人とは
違うからまたちょっと違って感じるのか、ル・カレ自身の文体も変化して
きてはいるのだろうと思うけど。
読みにくい、じゃないけど、なんかやっぱり、読んでいる最中は、私は
一体何を読んでいるのだ。。。と、ぼーっと退屈しそうになる。なのに、
やっぱり終盤になってくると、こわくてどきどきしてああもう嫌だ嫌だ嫌だ
と思って掴まれてしまう。
そして放り出される。はー。
ひきこまれていった私の気持ちはどうしたらいいのだ。と、呆然としてしまう。
ル・カレだもん。ただで終わるわけないよなーと思ってて覚悟して読んでいる
のにねー。

やっぱり派手なアクションがあるわけじゃなく。ディマを連れ出す時に
ちょっとだけあったけど、他はひたすら地味に、つなぎをつけて、なんか上の
ほうとかけあって、現場の人間はひたすら待つ。

ちょっとした協力者なだけのはずだったペリーとゲイルがどんどんディマの
一家に肩入れしていき、ともに脱出していくことになり。危険はない、はず。
だけどものすごく読んでいて不安になる。あー。あー。心配だけど読んでいる
だけの私にはもちろんどうしようもない。
文章が本当にそっけなくて、読んでいる私が勝手にどんどん前のめりに。
ル・カレが上手いってことなのか。もうー。ほんとこわい。
 
そしてさらっと冷たく終わり。
お、終わりー!?…………えー。ディマの家族はそれでどうなっちゃうの。
ペリーとゲイルはどうなっちゃうの。誰が助けてくれるの?
結局英国政府としては黒い金であろうかなんだろうが、ディマの告発は邪魔
だと判断したのか。そうなのか。ヘクターはしくじったのか。諜報部の役割
なんて出る幕ないのか。そもそもヘクターは何故単独でやり遂げられると
突っ走ったのか。

冷戦後、スパイの仕事って、何になったのか。
9・11というテロの恩恵、か。しかしテロと、戦うのか。黒い金の流れを、
とどめるのか。利用するのか。どんなイデオロギーが正しいのか。正しい、
ということそのものが幻想、か。
いろいろ呆然とする。
はー。
やっぱしんどい。ル・カレ読むの。

これほんとに映画になるのかなあ。どんな映画になるのだろう。
ユアンくんは、身長としては違う感じだけど、でも似合ってる気がする。
脳内キャストユアンくんで読んだ。うんうん。素敵。
 
神戸牛(コーベ・ビーフ)がやたら絶賛な(笑)美味しそうなものとして出て
きてちょっと笑った。ルークが息子に、ハリー・ポッター読んでみてよ、って
勧められたりしててちょっと笑った。この舞台は2008年くらいだっけ。
今、なんだなあと。
スマイリーシリーズの頃はやっぱり昔な感じだったから全然違う感触。
でもやっぱり好きだー。面白かった。満喫したー。

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