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『フリント船長がまだいい人だったころ』(ニック・ダイベック/ハヤカワポケットミステリ)

*具体的な内容、結末まで触れています。


『フリント船長がまだいい人だったころ』(ニック・ダイベック/ハヤカワポケットミステリ)
 
ロイヤルティ・アイランドは漁師の町。ワシントン州の半島にある小さな町。
冬にはアラスカへカニ漁へ男たちは出てゆく。妻と子どもたちはひっそりと待つ。
その町でただ一人本物の金持ちであるジョン・ゴーンド。カニ漁船は彼のもので
彼の先見の明によってこの町は成り立ってきたのだ。
そのジョンが死ぬ。
息子リチャードは、これまでアラスカに行ったことも漁に出たこともない。
跡を継ぐのか。どうするのか。
その時14歳だった少年カル。28歳になったカルの回想として物語は始まる。
 
タイトルの「フリント船長」は『宝島』の悪党、海賊。カルが子どもの頃夢中に
なったお話で、もっと、と父にお話をせがんだ時に、父がでっちあげに「フリント
船長がまだいい人だったころ、」と様々にお話を聞かせてくれていたのだ。
誰だって最初から悪人じゃない。いい人はどうして悪い人になってしまうのだろう。
いつ、どんな風に。何が、悪いことなんだろう。

青春ミステリ、ということらしいこの小説。
全体にとても静かで深い喪失感に満ちていた。
その頃の町の人々、カルの家族のこと、ひとつひとつ丁寧に語られている。
最初は退屈にも思えるエピソードの積み重ね。
カルが、大人たちの秘密、犯罪を知ってしまったときから、読んでいてずっと
苦しかった。切なかった。苦しくて読むのをやめられなくなってしまう。

はじめ、父親たちが、リチャードを殺してしまったのだと思った。
しかし、リチャードは地下室に閉じ込められていた。カルの家の。母がこもって
結婚の時にもってきた大量のレコードを聞く部屋に鎖でつながれていた。
この小さな町に馴染めなかった母親。父との不仲。父が漁に行ってから、母が
出て行ってからからっぽになっていたはずのカルの家。
あずけられていたジェイミーの家からこっそりもどってかすなかレコードの音を
聞いてしまうカル。地下室に母がもどってきていると思ったのに、いたのは、
リチャードだった。

ジェイミーと仲良くなる14歳らしい遊びと孤独の日々。リチャードと目の前の
問題を見ずに親しさを増してゆく地下室の日々。トランプ。レコード。
楽しいその日々がいつまでも続くわけはないとわかっているのに。その楽しさを
読みながらずっと苦しかった。

ついに、リチャードを逃がそう、と、決めたのに。
カルのその後の行動も、そしてどうなってしまったのかも、混乱する。ああ、と
思う。そうしてしまうのもわかる気がする。わからない気もする。苦しい。
14歳の少年。

父親たちだって、本当にリチャードを殺してしまえるかどうか、最後まで
戸惑っていた。誰も、最初から悪人だったわけじゃない。だれも。

小さな町の閉塞感とか、そこに馴染めないよそからきたカルの母の感じとか
町のことしかしらない住人たち、一人都会の大学へ行って覚悟の定まらない
リチャード。そのみんなの感じがすごくわかって、そういうのも苦しかった。

著者はこれがデビュー長編作だそうで。すごいなあ。まだ若いみたい。30代
になってるのかな、なってないくらいかな。
著者の父もまた作家で、有名らしい。スチュアート・ダイベック。私は読んだ
ことないのですが。
2012年発表のこれ、すぐ翻訳されたのね。「鮮烈なデビュー作」とある
とおりだと思う。読み終わってからもずーっと考えてしまう。それしかなかった
のか。どうすればよかったのか。もう二度と戻れないことを考えてしまった。
とても面白かった。

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