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『神の火』上下(高村薫/新潮文庫)

『神の火』上下(高村薫/新潮文庫)

島田浩二は原子力技術者だった。二年前その仕事を離れ、今は小さな
理系専門書籍文献を扱う会社で雑務全般を行っている。
父が亡くなったことで久しぶりにもどった故郷。
祭りのある夜、幼馴染の日野草介と再会した。そこに謎めいた青年を見る。
そして、二年前身を引いたはずの世界が、また近づいてきた。
スパイとして鍛えられ働いていた世界。

原子力発電所絡みの陰謀というか、駆け引きというか、テロというか。
そういうのが描かれていて、タービン建屋だの制御棒がとか、そういう
単語への私の中の色のつき具合がもうあの地震事故ぬきにはありえない
わけで、やめてくれ、と、何度も息苦しい思いに突かれた。

しかしまあ、スパイ小説だったのね。知らなかった。
スパイというわりには、島田の行動はすべて個人的思いによるもので。
引退したスパイ?
こんなセンチメンタルなスパイじゃ仕事にならんだろ、と激しく突っ込みたい。
まあ仕事してる頃にはこんなじゃなかった、ということで、いろいろ溜め込ん
だ心情思いもろもろが暴走した、ということなんですね。
緑の目をもっているとか技術者であるとかスパイだとか運命が素敵すぎる。

そしてロシアからきた青年、良。つまりは彼に一目ぼれしたことが物語の
発端でしょうか。どうして。どうして。どうして。どうしてそんなことを
していくんだやめてくれ、と、原発への潜入に妄執燃やしていく島田と
日野の行動に苦しくなるんだけど、どうしての答えは恋に落ちて気が狂った、
としかいいようがないように思う。
原子力技術者としての自分への決着、のようにだんだんなっていったけど、
でも、良に出会ってくるってしまったんでしょー。それは恋だよ。恋だけが
人を狂わせる。
日野もなのかなあ。
日野はまた島田にも愛憎深いみたいでもえさせてくれるけどな。
目玉を喰ってやりたい愛憎ですね。くらくらする。君らの暴走する暴力と愛憎
はどんだけはた迷惑なことか。
分刻みの侵入、破壊の最後の最後のほうは本当に苦しくてやめてくれと泣きたかった。
一応技術者的に本当の破壊、実際に放射能汚染引き起こすことはしないという
ことになってるけど、でもー。
現在進行形で原発事故が起こり収束してない今。原子炉になにか起こったとき
人はどんだけ無力か実感している今。人の技術は神の火の前にどんだけ無力か
つきつけられている今。
まだこれ書かれたときには、事件事故への危機感がありつつも、技術への信頼が
あったんだろうなあと思う。
そしてベティさんこと小坂さんが可哀相すぎるー。

本が出たのは平成3年だそう。文庫化が平成7年だそうで。
20年前には技術への信頼があったのか。
核の時代、という言葉が今こんなにも重いということを、どこまで予見して
描かれたのだろう。

できればナチュラルに、読みたかった。読んでおけばよかった。
やっぱり読んでるだけで溺れそうに濃密濃厚緻密に積み重ねられる細部まで
とことんな描写。いちゃついてんじゃねーぞーという男たちの濃密な関係。
とても面白かった。


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